2020年3月29日

爲近愼司の「僕らの世界」②

この星が生まれた理由はなんだろう。そう思ったことはないだろうか?

全ては偶然でしかないのかもしれない。この星が生まれたことも、そして生命が誕生したことも。

しかし、その偶然の中に確固としたぼくたちの存在がある。

それもまた偶然だといえるだろうか?

偶然なら自分でなくてもよかったのではないか。なぜ自分・・・? よりによって・・・。

その本当の答えを知る者はいないだろう。

その上で、生命が誕生するほどの星が存在する理由・・・、それは何を意味しているのだろうか。

生命の星である地球が単に豊かな大自然に恵まれた超稀(レア)な星である、だけの話ではないということだ。リアルなこの世界でこれだけの偶然がそろったならば、その確率は究極に0に近い。

この星が生まれた本当の理由、それはこの星の運命にあると、ぼくは思っている。

星の運命とはいったい何のことだろうか?

“地球”の場合、ただ単に星屑が集まって太陽の周りをまわり、やがて太陽に飲み込まれて消滅するとか、そのような天文学や物理学的な理論に基づく運命をいっているのではない。

太古からそこに生まれた無限ともいえる幾多の生命が地球を変化させたということだ。

何のことを言っているのか?そして、いったいどのように変えたというのか?

生命は単に「生まれては死ぬ」のみを繰り返したのではない、ということだ。生命自体が身体(肉体)を持った単なる物質ではなく、現実的な側面と非現実的な側面をもつ非常に意義深いものだからである。非現実的側面とは何だろうか?見えない存在といってもよい。具体的な説明は次回以降に述べたいと思う。

生命が驚異的な次元へと地球を転位(ワープ)させてしまったのだと思う。地球という星自体の在り方、星としての意義を変えてしまった。これこそ地球という生命の惑星がもつ固有の運命であり、進化というべき姿なのだ。

生命が誕生して数十億年が経過している。その長い年月の本質を数字だけで認識することは難しい。

受け継がれてきた無数の命と、それらをはぐくみ続けた“地球”。

長い長い年月、お互いに受け入れて、お互いにいたわり合い、お互いに干渉し合い、そして反発してきた。

生命が作り上げてきた巡りめく命の輪のなかで地球は変化を遂げていた。それがこの地球の運命なのである。それは奇跡ともいえるものだ。

この世界はなぜ存在するのか。なぜ生命は存在するのか。なぜ自分たちは生まれてきたのか。

このなぞに答えを出すものは無いのかもしれない。でもぼく自身、あなた自身がこの世にいることは確かなのだ。確かに存在している。それはまぎれもない事実であり、動かしようのないことなのだ。

 

このサイト(コラム)でのぼくの役割は、まだまだ十分に解明されたとは言えない生命の表の姿と、それに隠れた裏の姿に焦点を当て、生命とは何か、人間とは何か、われわれとは何かという問いに、自分なりに感じていること、答えのない問いに対して、少しずつでも問い続け、半歩ずつでも理解できるように答えを探ることにある。どこまでそれができるかは分からないけれど、やるだけやってみようと思う。

MAAZA会員の方々には、不思議の森、魔法の森、そして癒しの森である、『ルフォルジュの森』にご案内しようと思う。とても不可思議で魅力的な森である。変わったモノたちがいて、非常に興味深く、素敵なところでもある。会員諸君にはいち早く紹介することとする。

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