2020年3月31日

第1回 武漢ウイルス・新型コロナウイルス禍

ブログを始めたばかりなのに誠に恐縮なのであるが、この度の話はそれほど楽しいものではない。

むしろ我々をはじめ、人類の覚悟が問われていることである、と前置きしておきたい。

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この生命の星に、なぜウイルスが存在するのか?

それは分からない。生命がこの世に誕生した理由と同じくらいその答えは難しい。

しかしひとつだけ、最も重要な特徴をあげるとすれば、彼らが私たちと同じ遺伝子の仕組みを持っているということだ。

コロナウイルスもインフルエンザウイルスも1本鎖RNAをもっている。

ウイルスは感染性因子と呼ばれ、自己複製のために生きている生体を利用する仕組みを持っていた。もう何十億年も前から同じ仕組みで自己複製を繰り返し、自然淘汰を越えて生き延びてきた。いわば、つわものである。

要するに生命の定義とは少し違うのだが、自己を複製するという利己的な目的のためのみには手段を択ばないのである。これは最も遺伝子らしい性格であるともいえる。

遺伝子とは利己的であり、生き残りをかけて変異を繰り返すのである。

そのやり方は多種多様だ。

遺伝子とは本来そういうものなのであって、それが良いとか悪いとかの問題ではなく、そうしてこそ今日までそれが存在しうるのである。

しかし一方で、そのことにより生命の多様化が進んだともいえる。

我々生命とウイルスの共存が起こり、太古の昔のウイルスゲノムの断片が人のゲノムに多数存在することが分かっている。それらはある意味、生命の進化を促したともいえるのかもしれない。

大自然の中で繰り広げられる果てしないこのドラマは、無数の種類のウイルスが地球上に存在したことを物語っているのだ。

さて、そこで今回の新型コロナウイルスについてである。

実は新型という名は付くけれど、毎週の如く新型コロナウイルスは出現していることが分かっているので、その中でもこのような強烈なパンデミックを起こした今回の新型コロナウイルスの場合は、やはり適切な名前が必要だと思われる。

それが武漢ウイルスあるいは武漢肺炎という名称である。

この辺のところは論争があるらしいから、ネット検索で是非みていただきたい。

ぼく自身の意見としては、やはり武漢で自然発生したのであれば、発生地の地名を冠した名前を付けて表すのはごく自然のことだと思う。

我が国の感染症法をご存じだろうか。その一類に分類されているものは、地名を冠した有名なものが多い。

エボラ出血熱(アフリカの川の名)、マールブルク病(ドイツの都市)、クリミア・コンゴ出血熱(クリミア半島とコンゴ)、南米出血熱(アルゼンチン出血熱、ブラジル出血熱、ベネズエラ出血熱、ボリビア出血熱)、ラッサ熱(ナイジェリアのラッサ村)などである。

なぜ地名がつけられているのか。それは、その病原の真実に迫るためである。もとより真実を知らずしてそれがなぜ発生したのか、何が原因かなど知る由もないであろう。

さらに治療法などを探求するためにもoriginを離れてなどあり得ない。

一類とは、感染力も強く罹患した場合の重篤性が高い最も危険な感染症である。もちろん特効薬などない。

ちなみに日本名を冠した日本脳炎は第四類であるが、その名称はウイルスが同定された場所が我が国であることに由来する。

日本脳炎は我が国だけでなく東南アジアまで広範囲に発生する蚊を媒介とした脳炎である。人から人へ伝染することはないが、治療薬は無い。インフルエンザの場合もウイルスの作用機序を阻害する薬はあるが、本当の意味での治療薬はない。だから毎年犠牲者がでている。

さて、今回のコロナウイルスに関して、政府や自治体の発表、メディアやネットの発信や情報、それにまつわる世界情勢をみて、あなたは何を感じるだろうか?

ほんとうの問題はそこにあると思うのだが。

表向きは治療薬がなく肺炎を起こす新型コロナウイルスのパンデミックだが、実は100年ほど前にも同じようなことが起こっていた。

世界でおよそ5000万人が亡くなったといわれる『スペイン風邪』(1918~1919)だ。それは当時におけるA型インフルエンザウイルスによるものだった。

抗原の突然変異が起こったのだ。

元々はアメリカ発でブタから始まった。

その発生機序(メカニズム)などの詳しい話はまたの機会にするが、第一次世界大戦の末期であり、兵士の士気に関わるとして参戦国は情報を公開しなかった。

ただ中立国であった当時のスペインの王様が罹患したというニュースは報道できたことで『スペイン風邪』と呼ばれるようになったのだ。詳しいことはWikipediaを参照されたい。

日本国内での死者は39万人ほどで、ぼくの曽祖母もそのひとりである。

亡くなった曾祖母の亡骸がその後どのように処理されたかは分からないが、ウイルスに対する認識も予防法も、まして治療法もなかった当時はやはりすぐに火葬するしかなかっただろう。しかし当時の人々は曾祖母を手厚く弔ってくださったと思う。本当にありがたく思っている。

しかしこれには後日談がある。後日談といってもそれは遠い未来であり、およそ66年後の1984年のことである*。

さて、スペイン風邪と呼ばれるインフルエンザのパンデミックは翌年に終息し、第一次大戦もすでに終結したのだが、世界の暗澹たる惨状は続いていった。

わずか10年後の1929年、アメリカから始まった世界恐慌は人々の生活を直撃した。

疲弊した経済の中、人々は希望と活路を強い独裁者に求めた。

全体主義、ファシズムの台頭である。

そして第一次大戦からわずか21年後の1939年、ヨーロッパで戦端が開かれ、瞬く間に全世界へと広がっていった。そして41年には先の大戦である太平洋戦争(大東亜戦争)が勃発したのだ。こうして第二次世界大戦は人類を再び悪夢の中に引きずり込んでいった。

考えてみれば曾祖母の死から100年余り。

いま世界も我が国も、新型コロナウイルスにより再びパンデミックに陥り、右往左往している状況である。

海外渡航の制限や自粛に次ぐ自粛で日本経済は悪化し、世界的な株価暴落など、景気が減速局面に入っている。極めて深刻な後退期に突入してしまうのではないかと思われるが、そうすれば確実に世界恐慌になるだろう。

我が国、そして世界はいまどうであろうか。

そして今後はどうなるのであろう。

しかし、そもそもなぜ、この時期にこのような事態に発展してきたのであろうか。

この‘なぜ’はいつもぼくの脳裏に湧き起こっている。

ぼくはしかし、この度のパンデミックをひとつの‘警告’とも考えている。

世界の為政者に、「やれるものならやってみよ」、あるいは

「肝に銘じよ」と強い‘警告’を発したものだと思う。

本当に、まったく、いったい何がそうさせるのだろうか?

しかし一方で、あなたならどうするか!?と問われているのではないか、とも思っている。

もうひとつある。それは日本の在り方についてである。

《武漢ウイルス・新型コロナウイルス禍2へ続く》

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