2020年4月3日

第2回 武漢ウイルス・新型コロナウイルス禍

前回の続きである。

『スペイン風邪』の当時と現在の状況は異なることが多々ある。

それは科学の発達であり、生命と病気に対する認識、衛生観念はもとより、感染症に対する驚異的な知見や対処法、薬の開発など随所にみられるが、100年前に比べて大飛躍していることは間違いない。

A型インフルエンザウイルスが初めて分離されたのが1933年。

ちなみにA型、B型などは核タンパク抗原に基づいて分類される血清型をいう。当時と異なって、現代はそのゲノムまで解読され、それに対する新薬も創生されようとしている。

いま武漢ウイルスが猛威を振るい世界が大混乱に陥っているが、ぼくが本当に問題だと思うのはそのことではない。それはもっと本質的なことである。

どちらかといえば裏世界のことであり、それはすなわち、カルマに関するものだ。

カルマとは日本語で業ともいう。

死んでも死にきれない何かだ、と思えばいい。

それはとてつもない執着心であり、憎悪であり、恨みの心、復讐心である。

A型インフルエンザである『スペイン風邪』は20世紀になって最初に起こったパンデミックである。

その時、世界は第一次世界大戦の末期であった(1914~1918年)。

もちろん、それまでもヨーロッパでは紛争や戦争が起こっていたから、どれくらいの人々が犠牲になったか分からない。そこへまた、ほぼヨーロッパの全土に及ぶ大戦争が起こったのである。

我われ日本人はどちらかというと、第二次世界大戦(太平洋戦争)の方に目が向きがちである。我が国が直接かかわった大きな戦争だけに無理もないが、歴史をたどっていけばその大元はやはり第一次世界大戦に他ならない。その後に起こった世界恐慌という経済的大破綻が戦争という方向へ、疲弊した各国と人々を導いていったのである。

ネットで検索すると、第一次世界大戦では軍人など戦闘員の戦死ならびに行方不明を加えた損害はおよそ1800万人。民間人はアルメニア人の虐殺など犠牲の総数は不明だが、やはり数知れないほど多いと思われる。

その終わりの頃に発生し、世界的な流行をもたらした『スペイン風邪』での死者はおよそ5000万人であった。

一方、第二次世界大戦については、犠牲者は第一次世界大戦を大きく上回り、軍人だけで2500万人、民間人は3700万人が亡くなったという。もちろん諸説あるので正確なところは不明である。戦後でも、数百万~数千万単位で人々が亡くなっているから、戦争による悲惨さと酷さというものは計り知れないものがある。

ちなみに、第二次世界大戦が終結した後の食糧難は我が国でも経験していることだが、実はドイツではもっと悲惨なことがあった。

当時アメリカの財務長官であったモーゲンソーによるモーゲンソー・プランにより、戦後5年間でおよそ900万人のドイツ人が餓死したとされる。ご存知だったどうか。

ちなみにモーゲンソーはユダヤ人であり、ナチスへの復讐のため?だったとも言われていた。もしもそうだとしたら、どうだろうか?

復讐をしたところで、ユダヤ人の悲劇がチャラになるとでも思うだろうか?

さて、簡単に歴史的経過を述べたが、これらの犠牲の上に今日の世界の平和は成り立っていると言っても過言ではない。戦争は悲惨そのものである。

こんな過ちはもうやめようという世界的な合意があり国際連合が発足した、と思っている方もいると思うが、実はそんな綺麗事では到底すまされないのが現実である。

おそらくいま、そんな平和ボケな目で国連を見ているのは我が日本国民だけであろう。

国連はそんないいところでは全くない。キレイどころではない。

国同士のどろどろのエゴが渦まく伏魔殿なのである。

事実、これまでの歴史を見る限り、国際間の争いは全く無くなってない。局地的な戦争や紛争はどこでも起き、イデオロギーの対立は今日まで続いている。

これ以上何人犠牲がでれば気が済むのか、その先のこともまったく見通せはしない。

少なくとも20世紀は大戦争の時代であったわけで、直接間接を含めて関連する死者の数は軽く1億人を超えるだろう。

しかし、今後それ以上の戦争や紛争、あるいはそれに匹敵する何かが起こらないとも限らない。

ぼくはこれらの事象について『カルマ・業』を介して次のように見る。

ヨーロッパや中東、さらにアジアにおいて19世紀までに起こった戦争や紛争により大勢の人々が犠牲になって来た。それら死者の浮かばれない数々の御魂は怨念となり、次第に熱を帯び、復讐のカルマと化していった。

それは溜まりに溜まり、第一次世界大戦に向けて爆発していったのである。

全ては復讐のためだ。

しかし、それでも足りなかった。それでもなお復讐が足りなかったのと、さらに他の地域にもある同様の怨念が触発され、カルマ同士、カルマの塊が力を合わせ、再びさらに巨大なカルマとして動いていった。

それが世界を巻き込んだ『スペイン風邪』であり、インフルエンザによるパンデミックとなり、多くの人々を苦しめたのだ。

さて、それで復讐は成し得たのだろうか?

いいや、そう単純なものではない。カルマは益々勢いを増していった。第一次大戦とロシア革命、さらに『スペイン風邪』で非業の死を迎えた人々が一挙に増えたからである。

そこのとは、カルマがカルマを呼び寄せたといってもいいだろう。

それらはアメリカを巻き込んだ。経済政策を誤らせ、大恐慌を起こし、次の大戦の引き金を引かせたのだ。なぜアメリカかというと、アメリカも第一次大戦に参戦していたからである。いや、それは日本をも引きずり込んでいる。

最初はヨーロッパで雪崩のように起こったカルマの暴発、そして巻き込まれたアメリカもカルマを積んで、さらにはけ口を求めた。先が日本だったといえる。日本は幕末維新や日中戦争でやはり相当なカルマを抱えていた、といっていいだろう。

結果として、第二次大戦が起き、全世界を巻き込んで再びおびただしいほどの犠牲者が生じた。

最終的に復讐が成功したのかといえば、それはあり得ないとぼくは思う。

ただ第二次世界大戦で我が日本が巻き込まれたことで、状況は少し変化しているのも事実である。その理由はまた別にゆずろうと思う*。

少なくとも今の平和が束の間のものだ、ということもはっきりと言えるのではないだろうか。なぜか。

それは中国の台頭による。

《武漢ウイルス・新型コロナウイルス禍3へ続く》

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