2020年6月6日

第6回4部【希望の章】武漢ウイルス・新型コロナウイルス禍

『破滅のカルマ』・・・。それは如何にして起こるのだろう。

単に『カルマ』が積み重なり、エネルギー量が増大した結果だろうか?

『カルマ』に軽重があるのと同様に、『破滅のカルマ』にも大小があるのだろう。巨大に膨れ上がり、やがて耐えきれなくなって、最初は小出しに出ていくのだ。

おそらく最初のうちは・・・。

 

いずれにしても今その兆候があり、小出しに出されたものがこのパンデミックとなっている。

大国であるアメリカと中国はそのために従来からの争いをさらに加速させている。知的所有権を含む貿易戦争やサイバー空間における情報戦争、あるいは情報覇権、そして金融戦争などである。もちろん実際の熱い戦争ではないにせよ、それが過熱した結果どうなるかは極めて悲観的である。

加えてこのたびの中国初のパンデミックは思わぬところで争いための大義をもたらした。

 

以前、中国で起こった大量死の話をした。

中国共産党の大躍進政策と文革である。これによりおびただしい数の自国民が死に追いやられた。その後も悪政は止まず、天安門事件やチベット・ウイグルでの圧政と粛清、移植用臓器売買など。今もなお怨念は積み重ねられている。それは『破滅のカルマ』として十分な量に達し膨張しているに違いない。今か今かと出口を探し求めているのだ。それはいつ発現してもおかしくないほどである。

 

このことが武漢ウイルス・新型コロナウイルス禍を発現させ、世界を恐怖に陥れた元凶であるとしても『カルマ』の理論からみれば十分に事足りるのである。確かに中国共産党の政策は大失敗であった。

多くの人命が失われてしまった。この人々の苦痛はいかばかりであったろうか?

「いったい何のために・・・」と思わないだろうか?

 

しかし、たとえば「第二次大戦においても多数の死者を出しているではないか、そのための『破滅のカルマ』はどうなんだ」?そう思われる方も多いと思う。確かにその辺のところとの違いをはっきりさせなければならないと思う。先にその話をし、あわせてその解決のための手がかりを述べてみよう。

問題は死に至る過程なのである。

 

希望の章の第二部において、『カルマ』を次のように述べた。

『カルマ』とは端的に言えば死者の存念である。前述したとおり、それは「死んでも死にきれない何か」であり、「とてつもない執着心であり、憎悪であり、恨みの心、復讐心である」といえるだろう。

しかし、ひとくちに『カルマ』といっても、その成り立ちは複雑である。

 

このことの意味は次のようなものである。

人が死に際して、苦しみ、痛み、悲しみ、嘆くとき、その「思いを発する主体となる存在」(以下、「思いの存在」と略す)が必ず残る。「思いの存在」は肉体が無いものの、切なく、暗く、激しく、辛い感情にさいなまれる。肉体を失ってしまった自分へのはかなき思い、そうなった原因への激しい憎悪、恨みは筆舌に尽くしがたく、否応でも長く長くつづくのだ。

 

それらの感情が起こる原因はもちろん自分自身にもあるのだが、他人から受けた傷は深く忘れがたいものとなる。殺されたとき、自殺に追い込まれたとき、特にその思いは強くなるという。

肉体が失われているから、その傷は解消のしようがない。無念の思いは数十年、数百年以上も続く。

その存在が数百数千数万と集まれば怨念同士がエネルギーを持つようになる。ある一定の方向へ向かい爆発する。

 

このような存在による『カルマ』を解消するのは並大抵のことではない。

ひとりひとりの事情が違うのである。

しかし、それらを理解することは絶対と言っていいほど必要である。

ただし、『戦争』の場合は少し事情が違う。

 

戦場では兵士は死といつも隣り合わせにあり、かつ死と常に向き合っている。彼らは自らの死についてある程度仕方ないものと思っているし、全員がすべて同じ思いではないにせよ、覚悟はできている。

誰しもが生きたいのだ。そして故郷に帰りたいと思っているはずだ。

しかし戦闘で斃れた仲間の姿を見たときに、敵を倒すことと自分が生きることとどちらを優先するだろうか。おそらく優先などという選択はまったく無いといってよかろう。

 

彼らにとって死は覚悟したものであり、祖国を守るという大きな理由は何にもまして成し遂げねばならぬ義務であり、また本望でもある。何のために自分は死ぬのかという大義があるのだ。

理不尽なことかもしれぬがそれが戦争であり、また自分だけが死ぬということではない。大勢の仲間がいて同じ気持ちで戦っている。これはどの国の兵士でも同じであり、そのために彼らは戦場にいる。

 

そのようにして尊い生命を捧げた場合、英霊と呼ぶ。

では、英霊に対して最もふさわしく正しい供養の在り方とは何であろうか。

英霊に報いる方法である。

それは、彼らの献身的な働きに対して、生きている我われが心からの感謝の祈りをささげることである。

 

何のために尊い命を捧げたのか、誰のために自ら進んで犠牲になったのか、その想いを生き残った人びとが敬意をこめて汲み取ることだ。

英霊と呼ばれる彼らがいかに勇敢で忠義に厚い人だったのか、どんなにか優しく清い心を持っていたか、その強い責任感で自らの命を顧みず任務を遂行してきたか、その武勇を顕彰し感謝するのである。

 

英霊は本当に強い人だったといえる。愛する家族を残して、愛する者たちのために逝かねばならなかった思いに強く寄り添い心を込めてその成仏を祈るのである。

その大変な思いと勇気、そして苦労に対し、深いねぎらいと「ありがとう」の一言を添えるのである。

そして、それらの英霊たちが護ろうとした祖国を心から誇りに思うことである。

心を込めて感謝することである。それに尽きる。

 

心を込めての祈りと感謝。「ありがとう」という、そのひと言だ。心底から深い想いと祈りは裏へと通じ、裏の世界へと溶け込んでいくだろう。そこに英霊たちの御魂があり、御霊は生きている我われの思いよって苦しみの存念が消えていく。

英霊が待ちわびているのは、「ありがとう」、そのひと言である。

 

あとは、国がその気持ちを公に世界に向けて表明することだ。哀悼の意を表するだけではなく、顕彰することが必要なのである。

慰めではなく、感謝と称賛である。称えるべきは勇敢さと献身である。

それができなければ国とはいえず、政府とはいえず、そのトップにいる理由も必要もない。

 

戦争犠牲者の中で民間人に対しては、やはり懇(ねんご)ろにその御魂を思い供養することである。当然ながら戦争とはいえ兵士の場合とはまったく違うのである。決しておろそかにはできないのだ。

 

さて、話を中国に戻そう。中国での大量死はいったい何を意味するのであろうか。

彼らは何のために死ななければならなかったのか。どんな大義があったのだろうか?

それに対して、まともに答えられる人はいるのだろうか。

このような闇雲に作られた理由によって葬られた御魂は何を思うだろう。

 

共産主義を信奉し、それを掲げる人々はその御魂に対して理由を述べる必要があるだろう。

ソ連の時代に行われた大粛清も、理由はただ反革命思想、ただそれだけである。

ソ連はその後の第二次大戦において世界で最も多い犠牲者を出している。

中国における数々の失政は第二次大戦以降に起こったものであり、その所業は今もなお中国の各地で継続中である。

 

さて、その中国からパンデミックとなった。それは紛れもない事実である。

『破滅のカルマ』がじわじわと手を伸ばしてきたのだ。

一方、現在のわが国の首相は安倍晋三氏である。歴代最長の政権を保つ保守派の長であるとされる。

それに相応しくないとは決して言えない。“気”で観ると、大体のことは分かる。

 

この政権は憲法を変えようとしていた。そのことについて、国家としての基準からいっても正しい方向性であるといえる。“気”で観ても、その方向性は間違いではない。

また、武漢で発生した新型コロナウイルスは、中国はもとより世界へ広がり大きな被害をもたらしているが、日本と台湾は例外のように少ない。台湾は完璧に抑えているといっていい。

 

結論を言おう。

慌ただしく論じることをお許し願いたいのだが、世界はいま中国に巻き込まれてしまっているといってよい。我が国もそうなのであるが、正直なところ非常にゆゆしき事態であると思う。

中国は安倍政権へ相当激しい揺さぶりと圧力をかけていた。アメリカとのせめぎ合いにわが国を利用しようとしているのだ。

習近平氏の国賓来日はその一環であった。

 

習近平氏の世界戦略はズバリ世界の覇権である。そのため世界の国々に対して工作活動を展開している。

日本も決して例外ではない。むしろかなりやり込められている可能性が高い。

ご存知だと思うが、彼らのやり口は通常の国家間同士では考えられないほど悪質である。

そのやり方に誠意は微塵も感じられず、極めて悪どいといえる。

 

日本ではネット以外報道されないが、最近チェコの前議長が中共に殺害された可能性が報じられている。https://www.epochtimes.jp/p/2020/04/55784.html

日本のメディアも中共に脅かされているから、これについては報道しない自由を撰ぶ方が身のためなのかもしれない。情けないと思わないか。

 

さて、習近平氏の国賓来日については、昨年からその是非が与党内でも議論され、既定路線で突っ走ろうとした安倍政権には内外から相当な批判が相次いだ。

令和に入り、昨年秋の新天皇の即位の儀にアメリカから高官の参列が見送られたことはご存じだろう。これはアメリカ側の不快感を示したものであり、安倍政権への習近平氏国賓来日に対するメッセージでもあるといわれている。

 

香港で人権団体を圧迫し、チベットやウイグルでの圧政と弾圧により、数百万人がすでに亡くなり、多くの方々が捕らわれの身となっているのを御存じないのか。いまや習近平氏は現在のヒトラーあるいはそれ以上の残忍極まりない人物と評されている。

諸外国でもその評判は決して良くない。

 

そんな男を天皇陛下に会っていただくだと?

悪い冗談にしか思えない。とんでもない間違いである。

そんなことは絶対にさせられない。これはマジにそうなんです。

 

多くの国民やネットでの反対をよそに、既定路線で決められたことと高をくくり、中共の息のかかった与党議員や大物政治家たちは何食わぬ顔で頬かむりをして来日の準備していた。

中共に襟首をつかまれ尻尾を握られた者たちはなすすべもなかったし、いたぶられた既存メディアも一切何も言わない。

 

真実を語り、中国からの弾圧に負けず、言いたい放題に言い放ったのはネットだけだった。

どんなことがウイグルで行われているか。その実例を日本の漫画家が発表している。

貴重な証言である。https://note.com/tomomishimizu/n/n8d40006e6fac

人をいったいなんだと思っているのか。中国共産党の実態がそこにある。

 

安倍氏の本心は分からないものの、その流れに逆らうことはしなかったようだ。

その意味で彼の罪は非常に重いものとなっていったと思う。失うものが多かったのだろうか。

本心をあえて語ろうとしない人であるが、それほど秘密にしなければならないことだったのか?

同情などする気はさらさらないが、明治維新のもののふとはエライ違いである。

 

日本政府が中国に忖度し中国人の入国制限を遅らせ、国民の安全を二の次にする政策をとり続けたことは明らかである。

『カルマ』から言えば、非常においしい餌食がそろっていった。

その結果どうなったか。

 

武漢ウイルス・新型コロナウイルスがパンデミックとなり世界を制覇した。

ウイルスは同時に、習近平の国賓来日を延期させたのだ。

中国発のウイルスは、自らの首脳が日本へ国賓として招かれる場を阻止したのである。

見事な采配と言わざるを得ない。いったい誰の采配だろうか。

 

しかも世界と違い、わが国での感染率・死亡率は最低ラインのままである。

まるで眼に見えない大きな力がわが国のために動いたのではないか。そう思わざるを得ない。

その力は日本国を救うために、同胞を救うために、目に見えぬ大きな力を振るってくださった。

そしてわが国においての『カルマ』の増長を抑えたということだ。

 

皆さんはどう思うだろうか?

そんなことはない。発病者や死亡者が少ないのはBCGなどの影響かもしれないし、日本でのウイルス株が弱毒だったのかもしれない。また清潔好きな日本人の特性からかもしれない。

それらも決して否定はできないことであるが、しかしぼくは、守られていると確信している。

と同時に、是非とも言わなければならないことがある。

 

『カルマ』を抑え日本を助けた大きな力は、実は習近平の国賓来日を阻止しただけでない。

同時にそれをもたらした安倍政権を修正しようとしているのではないか、ということだ。

修正とは甘い表現かもしれない。しかし、そうとしかいいようがない。

 

どういうことかというと、大きな力はわが国の政府や政治家に対してこれではいかんぞ、という気づきを与えたのである。これまでの悪しき慣習を取り払い、悪しき者たちと別れ、身を正せといっている。

国民と共に、国民と国家のために身を捨てて当たれ、といっているのだと思う。

 

そうでなければふたたび『カルマ』につけ込まれるであろう。

中国にイイ用に利用されてオシマイである。気の弛みは最も避けねばならないことなのだ。

でなければ、安倍政権はオシマイである。経済政策で失敗すれば真に取り返しのつかないことになる。

本当に大切なものは何か、それを見出して直に実行すべきである。

 

延期された習近平氏の国賓来日については永遠に延期せよ。絶対に中止すべきである。

安部首相は、自分の胸の内なる思いを、自らの言葉で率直に語らなければならない。

テレビやネットの番組の中でしゃべるのではなく、我々国民の目を見て語るべきなのである。

国民と率直に語り合う事が重要である。

真の政治家であれば、そうせよ。

 

繰り返しになるが、大きな力は習近平国賓来日を阻止した。

そのことを忘れてはならない。『破滅のカルマ』のパンデミックを逆手に取ったのである。

来日中止をチラつかせたならば、中国はいろんな嫌がらせをしてくるに違いない。

強烈な脅しもしてくるだろう。人質もありうることだ。

 

だが決して恐れてはならない。

わが国が失われたとき、世界も終わるのだ。

日本を守らねばならぬ。

毅然と対処せよ。金目当てに動いてはならぬ。

そのためには何をするべきであろうか。

 

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